大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)4517号 判決 1982年8月06日
原告
千里データ株式会社
右代表者
井田珪子
右訴訟代理人
前田修
被告
株式会社扶桑相互銀行
右代表者
柴田太郎
右訴訟代理人
藤原和男
被告
摂津信用金庫
右代表者
中川義一
右訴訟代理人
荒川文六
同
横瀧洋
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 講求の趣旨
1 被告らは各自原告のため訴外大阪手形交換所に対して別紙目録記載の約束手形についての不渡届を撤回する旨の届出手続を履行せよ。
2 被告らは各自原告に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和五七年四月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
被告両名とも主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は別紙目録記載の約束手形(以下本件手形という)用紙の振出名義人である。
2 本件手形用紙には別紙目録記載のとおりの裏書記載があるが、その受取人欄は現在も記載がなく、空欄のままである。
3 被告株式会社扶桑相互銀行(以下被告銀行という)は裏書により本件手形を取得した所持人として自行大阪支店を通じ、昭和五六年四月二〇日の支払期日に訴外株式会社住友銀行を介して本件手形を大阪手形交換所に持ち出し、手形交換に回した。
4 被告摂津信用金庫(以下被告金庫という)は、右同日、本件手形の支払場所として大阪手形交換所を通じて右手形を受け入れ、支払呈示を受けた。
5 被告金庫は、同日、本件手形用紙に「この手形本日呈示されましたが資金不足につき支払致しかねます。交換支払済印取消」なる旨記載した不渡附箋を貼付したうえ、同日二一日本件手形用紙を訴外株式会社住友銀行を通じて被告銀行に返却した。なおその頃本件手形に関する実質上の決済は関係者の間で終了していた。
6 被告両名は、右同日頃、大阪手形交換所に対して本件手形が有効な手形であるとして不渡届をした。
7 しかしながら、本件手形用紙は手形要件である受取人の記載を欠き約束手形としては完全な効力を有しないものであり、かつ右の支払呈示は適法な支払呈示ではないのであるから、被告らは交換所に不渡届を提出すべきではなかつた。
8 被告らは、手形取引に関しては手形法の建前を尊重すべきであるのに、安易に大阪手形交換所規則(以下単に規則ともいう)に依拠して本件手形用紙に関して不渡通知をした故意又は過失により、原告の信用を著しく毀損し、原告と他の金融機関との銀行取引に関しても悪影響を与えたもので、これにより原告の被つた損害は金一〇〇万円を下らない。
9 よつて原告は被告ら各自に対し、原告のため大阪手形交換所に不渡届を撤回する旨の届出手続をなすことを求めるとともに、損害賠償として金一〇〇万円とこれに対する本件請求の趣旨原因変更申立書が被告らに送達された翌日である昭和五七年四月二二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、事実省略>
理由
一原告がかねて被告金庫との間で当座勘定約定を締結し、被告金庫を支払場所とする本件手形を受取人白地で振出したこと、本件手形の裏面には別紙目録記載のとおりの裏書がなされていること、被裏書人である被告銀行が訴外株式会社住友銀行を介して支払期日である昭和五六年四月二〇日に本件手形を大阪手形交換所に持出し手形交換に付したこと、被告金庫が同日交換所において本件手形を受け入れ支払呈示を受けたこと、ところで、被告金庫における原告の当座勘定上は原告が資金不足の状況にあつたこと、そこで被告金庫は本件手形が受取人の記載のないものであつたが、「この手形本日呈示されましたが資金不足につき支払致しかねます。交換済印取消」なる旨記載したいわゆる不渡附箋を貼付し、本件手形は同日二一日訴外株式会社住友銀行を経由して被告銀行に返却されたこと、本件手形の受入側である被告金庫及び持出銀行が同日頃本件手形に関する不渡届を大阪手形交換所に提出したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、本件弁論の全趣旨によれば、原告は本件手形を白地手形として振出したものであり、被告銀行はその前者から取立委任を受け、そこで大阪手形交換所の加盟銀行である訴外銀行が受託銀行としていわゆる代理交換を行つたところ、本件手形が不渡となつたものであることが認められる。
二<証拠>によれば、社団法人大阪銀行協会が設置、運営する大阪手形交換所において手形小切手の交換業務を行うについては、その内部規律である大阪手形交換所規則及び細則によるべきこととなるが、右規則によれば
第五一条一項 手形の不渡があつたときは、当該手形の支払銀行及び持出銀行は次の各号の不渡届を交換所に提出しなければならない。但し細則で定める適法な呈示でないことを事由とする不渡については、不渡届を提出しないものとする。
(2) 不渡事由が前号以外の場合 第二号不渡届
同細則によれば、
第六五条一項 規則五一条一項但書に規定する適法でないことを事由とする不渡届は次にかかげる事由(他の事由と重複する場合を含む)によるものとする。
の定めがあり、右の次にかかげる事由の中に「形式不備(振出日及び受取人の記載のないものを除く)」の規定がおかれており、本件手形は前記のとおり受取人の記載のないものであつたが、被告金庫らは右の規則及び細則に基づき振出人である原告の資金不足を理由に一号不渡届を提出したものであることが認められる。
三原告は、本件手形が白地手形であるとしても、受取人未補充のままでは手形として完全な効力を有せず、これが交換に付された場合でも適法な呈示でないというべきであるから、およそかかる手形を不渡届の対象とすべきでなく、細則の前記条項は要件が完成されてはじめて権利行使を認める手形法に反するものとして無効であり、また金融機関の同部規律に過ぎない規則、細則によつて部外者である原告が不当な措置を受くべきいわれはない旨主張する。
よつて按ずるに、手形交換及び不渡制度は、金融機関において大量の手形小切手の簡易、円滑な取立を可能ならしめる技術的な制度であるとともに、他面信用取引の秩序を維持し不良手形の排除を図るという公益をも目的とした制度であつて、そのうち手形交換は、これを個別の手形小切手についてみれば、支払呈示、支払、領収の意義ないし機能を有するものであつて、交換制度のもとにおいても要件不備な手形につき手形法上適法な呈示があつたものとなし得ないことはいうまでもない。しかし、金融機関がその自主規律である交換所規則及び細則を定めるにあたつて、手形債務者に信用に関する事由があるときに、未補充の要件の如何を問わず一律に「形式不備」として不渡届扱いから除外するか、その一部についてはなお不渡届の対象とするのを相当とするかは、手形法上の適法な呈示の判断と一致しなければならない必然性はなく、手形小切手取引の実情に即し、かつ不良手形の排除という制度の公益目的を図る見地から決定して何ら妨げがないというべきところ、取引の実際においては、手形による取引を行う者の間では時として振出日や本件のような受取人の記載がそれ程重要視されず、要件未補充の状態で金融機関に持ち込まれ支払呈示がなされることが少なくなく、かかる手形を常に形式不備を理由に不渡とすることは右の如き取引の実情にそうところでなく、手形所持人の利益のみならず通常支払に異議のない手形債務者の利益にも反する結果となると考えられ、さればこそ、一般に金融機関はその当座勘定約定において取引先との間で、手形を振出す場合にはできるだけ手形要件を全部記載することを求めて白地手形の横行を予防するとともに、受取人等の記載のないものについてはその都度連絡することなく支払うこととする旨の条項をもうけて右取引の実情に対処しているのであつて(<証拠>)、そうすると、手形法に直接関係のない不渡制度が右の実情をふまえて行われてしかるべきであり、振出日もしくは受取人の記載のないものについてのみ、その形式不備の点よりも不良手形の排除という見地からむしろ手形債務者の信用に関する事由を重視すべきものとして、細則が右の如き手形につき資金不足又は取引なしの事由があるときになお不渡届の提出を加盟銀行に義務づけているのには合理的な理由があるというべきである。手形要件の如何を問わず要件不備な手形については不渡届の対象から除外されるべきであり、細則は手形法に反して無効であるとの原告の主張は理由がない。
次に、手形交換及び不渡制度が前記のとおり技術的な制度であるほか信用取引の維持という公益をも図るものとはいえ、これに関する交換所規則及びその細則自体は性質上金融機関の内部的な自主規律に過ぎず、他方、不渡届及びこれに続く不渡処分は加盟銀行をして警戒させあるいは一種の不作為義務を課するものではあるが、実質的には右規則及び細則の運用によつて手形債務者に経済的制裁を加えるものということができるところ、<証拠>によれば、原告は被告金庫との間で締結した当座勘定約定において、この取引については関係のある手形交換所の交換規則に従つて処理することを合意していることが認められるのみならず、一般に金融機関と取引契約を締結して手形取引を行う者は、不渡処分の制度を知りながら金融機関を支払担当者とするものであつて、取引銀行以外の金融機関との関係でもひろく交換規則によるべき意思があつたとみるべきである。そうすると、手形債務者はその内容が不当なものでない限り(不当といえないことは前認定のとおりである)、右の規則及び細則による取扱結果についてもこれを承諾したか少なくとも忍受すべきものであつて、加盟銀行の自主規律に過ぎない規則や細則によつて不利益を受くべきいわれがないとの原告の主張も採用することができない。
四<省略>
(朴木俊彦)
目録<省略>